HERMES Vareuse

HERMES Vareuse

「 Vネックのセーターを被ると髪が崩れる 」

モデルが思わず口にしたこの一言から、後にマルタン・マルジェラによるエルメスを代表するデザインが生み出されました。その名も「ヴァルーズ」 (Vareuse)。深く切り込まれたその胸元は着脱を容易にするだけでなく、生み出された優美なドレープにより独特の存在感を放っています。「クオリティとコンフォートの完全なバランス」というマルタンによるリュクスの定義の通り、シンプルでありながらも、唯一無二のフォルムと上質な素材使いが特徴です。

長きに渡る伝統を持つエルメスへ、インディペンデントで前衛的なコレクションを発表していたマルタン・マルジェラの就任というニュースは、当時のファッション界に大きな驚きを与えました。

自身のブランド「メゾン・マルタン・マルジェラ」では、割れた皿を繋げたベストや、洗濯で縮めたドレスなど、身近にあるものをファッションの文脈で再定義することにより、繊細さと荒々しさが共存した、強いエネルギーを放つ作品を生み出していました。その一方エルメスで発表されたのは、装飾がそぎ落とされ、上質な素材使いとそれらが織りなす美しいドレープが際立った、凛とした佇まいのリアルクローズでした。

たしかに服そのものを見ればあまりにも対照的な印象を受けるかもしれませんが、実は彼が両ブランドで描こうとしていた「女性像」は一貫していました。つまり、自身のブランドで設立当初から描いていたリアルで強い女性像を、エルメスが理想とするエレガントで自立した女性像に調和してみせたのが、マルタン・マルジェラによるエルメスである、ということが言えます。

当時、大衆から遠く離れたラグジュアリーブランドとしてのエルメスを、一人一人の「リアル」に寄り添わせたことで、数多くの斬新なデザインを生み出したのは紛れもないマルタンの功績です。それが「ベーシック」「リラックス」といった、現在も大事にされているワードローブの概念と結びついたことこそ、マルタン・マルジェラによるエルメス、そして「ヴァルーズ」が今でも愛されている理由なのです。

 

Written by Kiyota Moe
Edited by Sakaguchi Takuya

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